プロフィール

YAMAGUCHIのプロフィール

こんにちは!山口修平と申します。

僕は、2014年末に会社員の副業から
ebay輸入ビジネスをはじめました。

現在は外注スタッフさん3名に手伝ってもらいながら
物販ビジネスを運営していて、個人規模では十分な収益を
毎月安定してあげる事ができています。

ebay輸入の実績は下記の通りです。

  • 2018年12月にはじめて月収100万円を達成
  • その後、約3年間 月収100-150万円程度を継続

このように聞くと順風満帆に実績を上げてきたように
感じるかもしれませんが、実際には全くそんなことはありません。

ebay輸入をはじめた頃は本当に失敗続きでした。

最初に仕入れた商品(ガラス製の置物)は
サイズを間違えていきなり2万円の赤字からスタートでした。

その後も一つの取引で7万円の赤字を出したり、
強烈な失敗を繰り返したり、
時には心が折れながらも諦めずに実践し少しずつ
稼げるようになった感じです。

この後、
今までの経緯をお話ししますが色々な回り道も経験し
ebay輸入で本当に安定して稼げるようになったのは
2018年になってからです。

はじめてebay輸入を知ってから4年近く経っています。

僕はお世辞にも「頭が良い」とか「センスがある」ような
タイプの人間ではありません。

普通なら「続けても結果がでないから辞めよう」
「自分にはできない」と諦めていたと思います。

でも当時の僕にはどうしてもビジネスを諦められない理由がありました。

まさに背に腹はかえられない、「背水の陣」という状況だったのです。

どうしてそのような状況だったのか?

それを知って頂くために当時の僕の状況を少しお話ししたいと思います。

7年前、どこにでもいる平凡なサラリーマンだった僕が
どのようにして現在まで歩みを進めてきたのか?

もし興味があれば続きを読んでみてください。

もしかしたら当時の僕と同じような状況で
今、もがき苦しんでいる方もいるかもしれません。

  • 「何か挑戦したいけどどうして良いか分からない」
  • 「今までの自分を変えたい」
  • 「今の生活から抜けるためにビジネスをしたい」
    のように考えている方へヒントになれば嬉しく思います。

【新卒・百貨店入社】

僕は大学卒業後、2010年に新卒で百貨店に入社しました。

百貨店では婦人雑貨部に配属され婦人靴や傘などの用品雑貨の販売を担当していました。

接客は好きでしたし、上司や同僚も良い人に恵まれて休日は趣味の草野球を楽しみながら
割と順調な社会人生活を送っていました。

『会社に貢献し、出世街道を歩んでやる!』そんな風に思っていました。

しかし、入社から数年経ったある日に転機が訪れました。

全社員が集められて『新給与形態に関する説明会』があったのです。

そこでの通達にそれまで持っていた会社生活への夢や希望は音を立てて崩れ落ち、
僕は将来への深い絶望を感じました。

業績の悪化や将来的な人件費高騰などを予測した経営改善案から給与形態が見直されて
現役世代の僕たちははどんなに懸命に働き、仮に管理職に昇進しても年収は450万…

そんな厳しい現実の話を知ってしまったのです。

【やる気があるフリを続ける偽りだらけの日々】

 

説明会以降は仕事に対するやる気の根源が削ぎ落とされていたのですが、
そのような素振りを見せる事は許されません。
部署で数少ない若手男性社員だった僕は、『あいつは出世意欲が高い』
『使い勝手が良い奴』とのイメージが周囲に定着していた為、

次々と仕事が舞い込み、より忙殺される日々が延々と続きました。

繁忙期には毎日15時間以上働いたり、休日返上、泊まり込んで会議に必要な資料を
仕上げるのも当たり前でした。

頑張った結果、リターンが少しでもあればやる気も維持できます。

しかし一向に生活が良くなる気配はありませんでした。
給料は入社以来、ほぼ横ばい、残業代の大半は受け取れず、有給も取得できずに消え果て、
日々の働きぶりが評価され、やっと貰えた『特別奨励金』はたったの2万円でした…

年収もやっと300万を超える程度。

もはや完全に仕事へのモチベーションは皆無だったのですが、会社では周囲から
『やる気がある奴』扱いされているので、そのイメージを自ら崩す勇気もなく、
偽りの自分を演じ、日々心が張り裂けそうになりながら働き続けていました。

当時のことを振り返ると本当に辛かった気持ちを今でも鮮明に思い出し、
胸が苦しくなります。
ですが、この頃の苦しみがあったからこそ、今があると思っています。